- はじめに
- 家庭医は優しすぎた or 戦わなかった
- 家庭医、家庭医療の定義ができなかった
- 逆に独立性にこだわりすぎた
- 振り分けと「算術」に徹しすぎた
- 学術的な成熟が不十分なまま停止した
- 新たな知識の創出ができなかった
- 主流にも「反主流」にもなれなかった
- 学生、研修医に希望が与えられなかった
- ばたばたしている間にお株を奪われた
- オリジナルエッセイの素訳
- 前提:2020年という“未来史”の舞台
- Viewpoint 1:家庭医療は「敗北」ではなく自ら退いた
- Viewpoint 2:古い医療パラダイムと一緒に沈んだ
- Viewpoint 3:取り組む「仕事」を誤って選んだ
- Viewpoint 4:文化に根付けない「文化的ミュータント」だった
- おまけ:オチ
- まとめ
はじめに
この文章は、2009年の第21回家庭医療学夏期セミナーの最終講演「家庭医療に未来はあるのか?」で話した内容の一部です。最近再読して、現在のこのタイミングで(総合診療医の制度化),再度共有することに意義があると考えられたので公開します。
本来は出典を記述すべきであるが、どうしても見つけられず(まだ学術的記述へのこだわりが甘かった時代です)、それでも共有する意義があると思われるのでご容赦。(どう考えても自分の頭から自然に出てくる日本語とは思えないので,何かの翻訳/翻案と思われる。出典がわかる方は教えていただけますとありがたいです)
(2026追記。やはりどう考えても、出典は
Green LA. The view from 2020: how family practice failed. Fam Med. 2001 Apr;33(4):320-4.
と思われます。文末に、素訳を載せておきますが、オリジナルでは大きく4つ、細かく13の絶滅理由が書かれています。これがどうやって以下の9つになったのかは、もはや記憶がありません。参考にしつつ、オリジナルの9つを設定したつもりだったのでしょう。同論文の素訳は文末に。)
ーーーーーーーー
注意)これはあくまで現状を記述した物ではなく、仮説である。
遠い(近い?)将来、家庭医療が存在しなくなるとすると、以下の9つのうちのどれか,またはそのうちの複数の組み合わせと思われる。そうならないように,前もって注意して世渡りをしましょう。
- 家庭医は優しすぎた or 戦わなかった
- 家庭医、家庭医療の定義ができなかった
- 逆に独立性にこだわりすぎた
- 振り分けと「算術」に徹しすぎた
- 学術的な成熟が不十分なまま停止した
- 新たな知識の創出ができなかった
- 主流にも「反主流」にもなれなかった
- 学生、研修医に希望が与えられなかった
- ばたばたしている間にお株を奪われた
では以下詳細を。
家庭医は優しすぎた or 戦わなかった
摩擦をさけるために、他分野の言うがままに、領域をひとつずつ放棄、
もしくは、自らの診療領域を他領域の医師に「定義して頂く」
終末期は緩和ケア専門医へ
新生児は新生児科へ
思春期は思春期専門医へ
糖尿病は糖尿病専門医へ
病棟はhospitalistへ, etc
残るのはいったい?
いい人たち,と良く言われますが,それだけでは。。
家庭医、家庭医療の定義ができなかった
家庭医療、地域医療、総合診療、農村医療、僻地医療、プライマリ・ケアetc どう違う?
内科医や小児科医の次善策的 代替え医?(内科医や小児科医にかかれないからやむなく?)
言葉からイメージが一瞬にして想像できるものでなければ人々の記憶に残らない→やがて忘却へ
逆に独立性にこだわりすぎた
大学や大病院の中での「独立性」「地位」にこだわり過ぎ、医療の質向上や、診療報酬制度改革への貢献を忘れたために、「特定の技術(手術や手技)」の提供に長けたそれぞれの分野に持っていかれた
振り分けと「算術」に徹しすぎた
経営と効率を優先するあまり、「権限委譲」をやりすぎた
電話対応を看護師に
栄養指導を栄養士に
服薬指導を薬剤師にetc
ある朝目が覚めて「自分の仕事がなんだったか思い出せない」
学術的な成熟が不十分なまま停止した
「家庭医療は自分の居場所を作ることではなく、精神論の構築を選んだ」by Gayle Stephens
そのため、多くの住民が遭遇する日常的な問題について「最高級」の医療を提供するための戦略の代わりに、家庭医療が本当のプライマリ・ケアであることを主張するための戦略を選んだ(例、質の高い家庭医よりも家庭医の数を優先した)
住民にとってより良い結果を生むことになる多くの分野(公衆衛生、メンタルヘルス、遺伝子学、宇宙工学、コンピュータ、etc)と手を組む代わりに、過去の過ちや敵対を蒸し返してばかりいた
つまり家庭医療は精神的に思春期のまま止まって、成熟できなかった
“Family medicine never filled an empty space in the hearts of people” by Gayle Stephens *
新たな知識の創出ができなかった
住民の医療ニーズを満たすことではなく、学問にこだわったため、家庭医から提供されるケアが向上せずその存続には裏目に出た
常に世の中を変える新たな知見は他の分野から出たため、家庭医の活動は顧みられることはなかった
それは家庭医が「重要でない」リサーチクエスチョンしか選ばなかったから
そして根拠のない主張だけが無意味に響く
主流にも「反主流」にもなれなかった
専門家ではなく「二流」としてしか認識されなかった
主流になれないことで診療報酬が十分に支払われることがなく、「信念」だけでは食べていけなかった
「何かしらへの」特化をすることなく、流れに乗ってカメレオンを演じることを選んだ
大病院で、大学で、メディアで、政策提言でもっとプライマリケアの重要性について、発言を効果的にすればよかったと後悔だけが残った。
注)愛の反対は憎しみではなく無関心、という言葉があります。批判すらされない,というのが最も問題なのでしょう。
学生、研修医に希望が与えられなかった
生涯給与の格差
大学内での地位
キャリアパスの不透明さ
社会的地位
ばたばたしている間にお株を奪われた
NP(Nurse Practitioner: 診療看護師)が同じ仕事を安く提供でき、しかも医師と対等であろうとしなかったため、臓器専門医が家庭医とパートナーを組む代わりに、こぞってNPを雇用、それぞれの臓器専門医の診療所でNPによるプライマリケアと専門医療の両方を提供し始めた
注)NPを敵対視している訳ではなく、家庭医にとっても重要なパートナーになり得ると考えていますが、注意は必要と思います。
ーーーーーーーー
オリジナルエッセイの素訳
以下2026年2月追記
AIによる素訳を貼り付けておきます。このL .Greenのエッセイは、2000年に開催されたKeystone IIIという「家庭医療のあり方に関する円卓会議」的な集まり(実際に開催されたのはKeystone I(1984)、II(1988)、III(2000)、IV(2015))で、議論の叩き台となる、「炎上の燃料」として、「2000年の時点で、2020年に家庭医が絶滅していたとしたら?将来行われるKeystone Vではどのような反省会がなされただろうか」という思考実験」を依頼によって書かれたものです。
Keystone IIIについては下記参照
また要請された2020年の視点からという2つの論文15)16)は家庭医療学という専門が絶滅したシナリオと大成功したシナリオという対極の視点から書かれているが,その両方が幾つかの同じ要素を成功/失敗の原因として挙げており,おのずと家庭医療学が将来生き残って行くための注意点を知る事ができる. ー上記文献から引用ーーーー
引用の通り、家庭医療学という専門が絶滅したシナリオと大成功したシナリオという対極の視点で対となるエッセイで、実際のKeystone IIIの抄録集は見開きで対に並べられていた(気がします)
幸い、当時想定した2020年を6年過ぎた今でも世界中でfamily medicineは絶滅してはいませんが、一方で、大成功している、とも言い難いと思います。さらに20年後family medicineが絶滅なのか大成功なのかは今を生きる我々の手にかかっているのでしょう。
では、以下素訳
前提:2020年という“未来史”の舞台
2001年の著者が、2020年コロラドで開かれた「Keystone V」という会議を想定し、「家族医療は失敗した」という前提で、残された家庭医たちが理由を4つの視点から語り合う、という設定のエッセイ
背景としては、巨大化した医療情報産業、格差拡大、多様な医療職の乱立、地方では外科医+救急医、都市では医療ブティックとサブスペシャリストが主役、という世界が描かれています。
Viewpoint 1:家庭医療は「敗北」ではなく自ら退いた
- 診る領域を次々に他職種・他科に譲った
家庭医は「戦うよりスイッチする」道を選び、看取り、新生児、思春期、スポーツ、メンタル、妊婦、寝たきり、術後ケアなどを他に任せていった結果、包括的な領域の医師ではなく「雑多な仕事を少しずつする医師」になり、重要・収益性の高い部分はサブスペシャリストに奪われた。 - ライフスタイル重視と引き換えに役割を縮小した
多くの家庭医は、夜間の呼び出しなどの負担から解放され、予測可能な勤務とプライバシーを歓迎し、それ自体は人間的には理解できるが、その結果「いつでも・どこでも・家族ぐるみで診てくれる存在」としての機能が薄れた。 - ロールモデルと名称・アイデンティティの喪失
大学病院などの教育現場で、「包括的で個人的なプライマリ・ドクター」の実例を学生に示せる場がほとんどなくなり、さらに「general practiceかfamily practiceか」「family physicianかgeneralistか」「二流の小児科医・内科医なのか」といった名称・役割の曖昧さが続いた結果、社会に通用するはっきりした名前と像を持てなかったため、「TSエリオットのいう ‘しぼんだ終わり’ のように静かに消えていった」とされる
Viewpoint 2:古い医療パラダイムと一緒に沈んだ
- 医師の権威失墜とともに信頼を失った
AMA(米国医師会)など伝統的な医師団体は2000年代も弱体化し、「医師の代表」という支配的地位を失い、医師全体が道徳的権威を失墜させる中で、米国医師会の中で最も大人数を占めた家庭医も他の医師と一緒に「古い秩序の一部」として信頼を失った。AAFP(家庭医アカデミー)がAMA内で比較的強いポジションをもっていたことが、「沈みゆく船の一等船室に家族医がいた」という皮肉として言及。 - 大学医療センターに“夢と生得権”を預けて共倒れした
家庭医療は20世紀末にAcademic Health Center(いわゆる大学病院)内部にようやく居場所を得たものの、その時点でAHC自体が肥大化と地域社会との契約の喪失で揺らいでおり、「家庭医療の原点であるはずの夢や使命をAHCに捧げたが、AHCは家庭医療を真に重視しないまま衰退していった」。 - 地域の家庭医自身も、独立性崇拝と事務偏重で“競り負けた”
地方の家庭医は、独立性への強いこだわり、好奇心や医療改善への貢献の弱さ、支払いシステムや事務処理に意識が偏ったことで、特定業務の実行能力で他職種にアウトコンペされ、住民も「自分の家庭医」を自らの生活に根ざした存在というより「ギルドの一員」としか見なくなり、「ヒーラーとしての人」が、「医療システムのどこかにいるバーチャルな存在」に置き換えられた。
Viewpoint 3:取り組む「仕事」を誤って選んだ
- 仕事の性質:人との関係より管理・ロビー活動に時間を費やした
家庭医は、本来の強みである治療的関係の構築ではなく、他職種が提供する医療の管理や、日々の膨大な事務作業、ユニオン化・交渉・ロビー活動に多くの時間を使うようになり、実際に患者を診ているのは他職種(NPやPA、専門医)で、家庭医は書類・マネジメント・コーディネーションを担った結果、「2010年頃には自分たち独自の臨床タスクが何だったか思い出せなくなった」とまで書かれています。
その結果、優秀な若者にとって家庭医の仕事は魅力的ではなく、MBA取得の方が投資対効果も収入もステータスも上だと見なされるようになった。 - 学問としての成熟不全:思春期で発達が止まり、“場所”を作らなかった
家庭医療は「自分たちの頭脳(理論)」の構築にエネルギーを費やし、「地域の最前線で大多数の人の大多数の問題に一級のサービスを提供する“場”」を作るという課題を後回しにした結果、「真のプライマリケア専門領域であること」を証明し続けることに拘泥し、「より多くの家庭医を増やす」ことに長く注力し、「より良い家庭医を育てる」ことには十分に注力しなかった、と批判されます。
また、過去の不遇への怨念を手放せず、公衆衛生・メンタルヘルス・遺伝学・免疫学・宇宙医学・社会科学・情報科学・物理学などとの建設的な連携を十分に築かなかったため、科学コミュニティと地域コミュニティの両方への「十分な統合」が達成されず、本来なら両方から双方向に育てられるはずの基盤が弱くなった、とされる。Gayle Stephensの言葉として「家族医療は、人々の心の中にある空白を埋めることがなかった」と引用されます。 - 知的発展の方向ミス:研究テーマと方法の選び方を誤った
家族医療は、「自分たちの学問としての存続」には成功したものの、「患者・住民の健康状態が本当に良くなる」方向に必ずしも貢献できなかった、と反省されます。ブレイクスルーは常に他分野から生まれ、「家庭医はまたしてもベストなことをしていない」と悩む、という構図が続いたとされます。研究面では次のような問題が挙げられます。- 重要度の低い研究テーマを自分たちで選んでしまった。
- ほぼ生物機械モデルと、還元主義的な方法に偏っていた。
- そのため、その研究は「他の誰でもできる」ものになり、実際に他の分野が同様のことをしていた。
- 結果として:
- 家庭医は、自分たちの理論の優位性を唱えながら、それを裏付けるエビデンスを十分に提示できなかった。
- 日々の診療で直面する「矛盾・異例な現象(anomalies)」を説明できなかった。
- 強力な生物医学と、より総合的な医療との間の“谷間”に取り残された。
- 家庭医自身が立ち止まって考え、内省と好奇心を深める余裕を持たなかったため、「意味が生物学を凌駕しうること、線形モデルを超えて複雑系として医療を扱うこと」を他分野に先に見出されてしまった。
Viewpoint 4:文化に根付けない「文化的ミュータント」だった
- アメリカ文化(消費・専門崇拝)と根本的に相性が悪かった
家族医療はアメリカ文化のなかに「根付く」ことができず、かといってカウンターカルチャーとして十分にラディカルでもなかった、とされる。アメリカ文化は消費主義と生物・物理科学への崇拝に支配され、個人主義的で分断されたシステムの中で「常に何かをもっと欲しがる」欲望が駆動力になっており、その中で「優先順位のついた、統合された、“ほどほどで十分”な医療(good-enough care)」は大衆の支持を得られなかった。 - 専門志向社会のなかで“Medicine-lite”と揶揄された
世間が高度専門医療の成果の消費に夢中な中で、家庭医療は専門化に対して曖昧な態度をとり、「最先端医療」の象徴にはなれず、ビールのコマーシャルに登場して「本格医療ではない軽い医療(Medicine-lite)」と揶揄されたエピソードが挙げられます。
また、地方医療の革新の先導役として期待されたのは家庭医ではなくNASAであり、国民もイノベーションは宇宙計画から来ると考えていたと皮肉られます。 - 市場医療の中で慢性的な資本不足に陥った
文化的主流から外れた場所に位置し、巨大な課題に挑戦した結果、家庭医療の収入は常に支出を下回り、資本主義社会・市場志向の医療の中で慢性的な資本不足に陥り、一方で「医療情報複合体」が進歩と経済成長のエンジンとして認知されていったと述べられます。 - 社会への発信力不足:カメレオン化して声を上げなかった
家庭医は、自らを際立たせるのではなく「カメレオン」のように周囲と同化して流れに逆らわなかったために埋没し、振り返ると、大学・診療組織・メディア・政府に向けて家庭医療・プライマリケアの核心概念をもっと強く語るべきだったと、Keystone Vの参加者は一様に後悔していた。
おまけ:オチ
会議参加者たちは、「国中に広がる医療への不満」を話しながら別れた翌朝、「市民委員会と企業円卓会議が新専門領域“プライマリ・メディシン”の創設を提案」というウォール・ストリート・ジャーナルの見出しを目にして苦笑する、という皮肉なラストになっています
まとめ
何をどうやって13個を9個にまとめたのかはいまだにわかりませんが、
- 世の中(地域、患者さん、他分野の医師、多職種)の役に立つこと
- わかりやすさ、イメージ戦略を忘れないこと
- 我々にしか創出することのできない知見(研究成果)を創出すること
- 維持可能なビジネスモデルを構築すること(必要であればそのような診療報酬体系になるよう働きかけること)
- いくら我々が関係性を重視する分野であると言っても、我々が譲ってはいけないものはしっかりと主張し守ること
の5つを忘れず、粛々と前に進めば絶滅することなく、しっかりとした結果が残せるのだと思います。
ここまで


コメント