はじめに
facebookに「地域医師」制度を創設 不足解消へ10年勤務義務化 韓国 12/16(火) 20:31配信 という記事を投稿したら、韓国の友人医師から
I know you have a long history of this system in Japan, what’s the overall evaluation? Is it well maintained and help you recruit more doctors in rural area or those doctors retained in the area after the obligation?
というコメントがあったため、改めて調査。
分かったこと:
* 意外とエビデンスの蓄積はある。(肌感覚でそうだよね、というのも多いが)
* 地域枠の研究はまだ極めて少ないが、Matsumoto et al., 2021 がやはり重要。
* この領域のトップランナーは松本 正俊さんぶっちぎり。
* 医師不足地域への医師確保にある程度義務年限制度はやむを得ないかもしれないが、その仕組みをより当事者に納得、満足してもらうためのやるべきことは結構明らか。
ということでした。ぜひ、行政の担当者にもこの情報をお伝えしてみてはいかがでしょうか。
エグゼクティブサマリー
日本は医師偏在問題の解決のため、1972年の自治医科大学(JMU)設立以降、義務年限制度(9年間、郡部4-6年)と奨学金制度を組み合わせた包括的な政策を実施してきた。2008年からは地域枠制度が全国的に導入され、現在は医学部定員の16-17%を占める。本レビューは、義務終了後の医師不足地域への定着、プライマリケア・ジェネラリスト領域への専門性選択、当事者満足度に関する11の主要学術論文を年代順に検討したものである。
主要な学術論文の年代順まとめ
Tier 1:制度基盤を形作った長期コホート研究(2本)
- Matsumoto et al., 2008(自治医大・母県主義の長期効果)
- 対象:自治医大卒1,255名(最大34年追跡)。
- 結果:義務終了後の出身県定着率は約70%。医師不足県ほど定着率が高く、プライマリケア志向の医師ほど定着しやすい。女性医師は婚姻に伴う転出で定着率が低い。
- 意義:自治医大の「母県主義」が、義務終了後にも一定の定着効果を持つことを初めて定量的に示した先駆的研究。
- Inoue et al., 2009(1980–2002年の医師分布の22年追跡)
- 対象:医師93,077名(医師センサスリンク)。
- 結果:都市医師の都市残留率は約93%に対し、郡部医師の郡部残留率は約56%。卒後早期に郡部で勤務した医師は、20年後も郡部に残る確率が約3倍。医師総数が5割増えても都市集中はむしろ悪化。
- 意義:初期配置の重要性と、単純な医師数増加では偏在が是正されないことを明確にした基盤研究。
Tier 2:教育・奨学金制度の比較評価(2本)
- Matsumoto et al., 2016(地域枠+奨学金の全国追跡プロトコル)
- 内容:地域枠・奨学金・自治医大など複数制度を、全国コホートで比較評価する研究デザインを提示。
- 意義:のちの大規模比較研究(2021)の方法論的土台。
- Matsumoto et al., 2021(教育政策比較:45,000人規模の全国コホート)
- 対象:新規医師約45,700名(自治医大・地域枠+奨学金・奨学金のみ・地域枠のみ・一般枠)。
- 結果:
- 義務遵守率:自治医大98% > 地域枠+奨学金90% > 奨学金のみ81%。
- 郡部勤務の相対リスク(5年目):自治医大4倍、地域枠+奨学金3.1倍、その他2.5倍。
- 非都市勤務率:自治医大約89%、地域枠+奨学金約60%、一般医師約43%。
- 内科・総合診療などの専門選択は、制度間で有意差なし。
- 意義:義務の「強さ」「カリキュラム」「違約金」の違いが、どの程度郡部定着に効いているかを定量的に比較した決定版。
Tier 3:定着要因・満足度・高齢化・メカニズムの研究(4本)
- Nojima et al., 2015(離島医師の職務・生活満足と定着意向)
- 対象:離島の常勤医約50名。
- 結果:
- 満足度が高いのはチームワーク・給与・地域からの受容。
- 満足度が最も低いのは継続教育機会。
- 自発的に赴任した医師は100%が長期定着希望だが、義務で赴任した医師では約半数。
- 意義:「義務」と「自発的選択」で長期定着意向が大きく異なること、継続教育不足が最大の不満要因であることを示した。
- Matsumoto et al., 2023(医学生・若手医師の定着意向と関連因子)
- 対象:医学生・若手医師あわせて1,500人超。
- 結果:義務年限の有無、学生生活・研修環境への満足、医局志向、総合診療への興味、キャリア支援への評価が、将来の地域定着意向と有意に関連。
- 意義:制度そのものだけでなく、「環境への満足」と「キャリア支援」が定着意向の鍵であることを示し、介入ポイントを明らかにした。
- Matsumoto et al., 2018(郡部病院医師の高齢化:全国センサス20年追跡)
- 対象:全国の病院勤務医。
- 結果:郡部の医師平均年齢は都市より2.1歳高かったのが、20年で6歳差まで拡大。40歳未満の郡部医師は6割近く減少し、55–70歳層は約1.5倍増。
- 意義:義務制度があっても郡部の若手医師は減り続けていること、今後引退ラッシュと新規供給不足が重なる「持続可能性の危機」を予告。
- Teraura et al., 2024(無医地区診療所の医師の移動と定着)
- 対象:無医地区指定診療所の医師の6年追跡。
- 結果:若年医師は義務終了前後に都市・基幹病院へ移動しやすく、その多くが専門医資格取得を目的としている。40歳以上の医師は郡部にとどまりやすい。
- 意義:若年医師の郡部離脱は、「不満」よりも「専門医取得」のタイミングに強く結びついていることを示し、郡部側でのキャリアパス設計の必要性を示唆。
Tier 4:システム・倫理・労働環境の分析(2本)
- Matsumoto, 2010(日本の農村医師確保政策のシステム分析)
- 内容:自治医大、地域枠、奨学金、自治体の独自施策などを俯瞰し、日本の農村医師確保策の全体像を整理。Jichiの導入によって無医地区が大幅に減少した一方で、都市–郡部の医師密度格差は依然大きいことを指摘。
- 意義:個々のプログラムではなく、「パッケージとしての日本モデル」を評価した政策総括として重要。
- Nagasaki, 2022(勤務時間・メンタルヘルス関連)(おまけ)
主要な知見
義務年限制度の効果
短期(義務年限中): 極めて有効
- JMU郡部勤務率: 非JMU医師の13-16倍
- 義務遵守率: 97-98%
中期(義務終了後5年): 良好から中程度
- 定着率: 70-90%(3-4倍)
長期(10年以上): 限定的
- 郡部医師の高齢化が急速に進行
- 若年医師の流出により持続可能性が危機的
プライマリ・ケア/ジェネラリスト領域への専門選択
重要な知見: 有意な選択増加なし。Matsumoto 2021研究によると、各プログラム間で内科・総合診療の選択率に有意な差がない。制度は地理的分布が目的であり、専門分野の強制ではない。ただし、郡部環境がプライマリケア中心であることから、結果的にプライマリケア経験が豊富になる。
当事者の満足度と定着の強い関連
満足度が高い領域:
- チームワーク: 94%
- 給与: 91%
- 患者・地域との関係: 85-87%
満足度が低い領域:
- 継続教育機会: 33% (最低)
- 医学的サポート体制: 42%
定着と満足度の相関:
医師としての仕事満足が65%(定着希望)vs 17%(転出希望)、同僚協働満足が67% vs 31%、地域受容が64% vs 17%。満足度は強力な定着予測因子である。
自発的選択 vs 義務による配置
Nojima 2015研究から、自発的選択者の100%が定着希望に対し、義務による配置では45-50%のみが定着希望。この54.5 pointの差は統計的に有意(p<0.01)。自発的選択が最強の定着予測因子であり、強制的配置には約50%程度の上限が存在する可能性を示唆。
医師偏在解消の限界
医師総数52%増加(1980-2002年)にもかかわらず都市郡部間の不均衡は改善されず。JMU 35年間で無医地区73%削減も、医師濃度差は変わらず。単なる医師数増加では医師偏在は改善されない。制度的強制が不可欠だが、強制配置にも50-70%程度の定着上限がある。
論文の学術的意義の階層化
極めて高い(論文4, 1, 2): 基盤・決定版となる研究(4が最重要)
高い(論文7,8,5,9):制度の持続可能性・定着要因を深掘りする重要研究
中程度(論文3, 6):方法論・枠組み・補完的視点を提供する研究
推奨される今後の研究方向
- 長期追跡研究の拡充 (20年以上)
- 女性医師の特異的分析
- キャリア形成支援プログラム開発
- 継続教育機会の拡大評価
- 配偶者・家族支援の深掘り
- 郡部医師高齢化への政策実験
今後の重要な課題
- 継続教育機会の拡充 (満足度最低33%)
- 郡部医師の急速な高齢化 (平均年齢差が3倍化)
- 若年医師のキャリア形成支援 (40歳未満医師59%減少)
- 配偶者・家族のニーズへの対応 (転出/定着の強い制約要因)
- 制度の自発的選択への転換 (強制配置の上限が50-70%)
出典
- Matsumoto M, Inoue K, Kajii E, et al. Long-term effect of the home prefecture recruiting scheme of Jichi Medical University, Japan. Rural and Remote Health. 2008;8(3):930.
- Inoue K, Matsumoto M, Sawada T, et al. Transition of physician distribution (1980–2002) in Japan and factors predicting future rural practice. Health Policy. 2009;91(1):51–59.
- Matsumoto M, Kashima S, Koike S, et al. Follow-up study of the regional quota system of Japanese medical schools and prefecture scholarship programmes: a study protocol. BMJ Open. 2016;6(3):e011165.
- Matsumoto M, Matsuyama Y, Kashima S, et al. Education policies to increase rural physicians in Japan: a nationwide cohort study. Human Resources for Health. 2021;19(1):102.
- Nojima Y, Kumakura S, Onoda K, et al. Job and life satisfaction and preference of future practice locations of physicians on remote islands in Japan. Rural and Remote Health. 2015;15(3):3228.
- Matsumoto M, Koike S, Matsuyama Y, et al. Factors associated with regional retention of physicians: a cross-sectional online survey of medical students and graduates in Japan. Human Resources for Health. 2023;21(1):58.
- Matsumoto M, et al. Aging of hospital physicians in rural Japan: a longitudinal study based on national census data. PLoS One. 2018;13(5):e0198317.
- Teraura H, et al. Physician retention and migration in rural clinics designated for areas without physicians. Human Resources for Health. 2024;22:48.
- Matsumoto M. Retention of physicians in rural Japan: concerted efforts of the government, prefectures, municipalities and medical schools. Rural and Remote Health. 2010;10(2):1432.
- Nagasaki K, et al. Association between mental health and duty hours of postgraduate residents in Japan: a nationwide cross-sectional study. Scientific Reports. 2022;12:10626.
ここまで


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