はじめに
米国家庭医療における研究のStrategic Planは、NAPCRGとADFMを中核とする複数のリソースの束として立ち上がってきたものである。本記事では、発行順と包含関係を踏まえて、「全体像 → 戦略の中身 → 具体的な実装・ツール」の順に、主要リソースを案内する。
戦略プランの公式ハブ:NAPCRGの概要ページ
まず押さえるべき起点は、NAPCRGによる公式説明ページである。ここで初めて、「なぜ米国でfamily medicineに特化した研究戦略が必要なのか」「どのようなプロセスで策定されたのか」「Primary Care 全般との関係はどう整理されるのか」が体系的に説明されている。
National Family Medicine Strategic Plan for Research (NFMSPR)
https://napcrg.org/programs/national-family-medicine-strategic-plan-for-research/description/
同ページでは、
- 研究サミット(NAPCRG 2023併催)→ 戦略プラン → JABFM特集号
という流れが一つのパッケージとして整理されている。 - Vision statementの明記「Family Medicine research is whole-person, family, and community centered and improves health enhancing health promotion, improving care for chronic diseases and advancing healthcare delivery, while including cross-cutting themes of health equity, technology, and team science.」
- この戦略開発の経緯、なぜプライマリ・ケアでなく、家庭医療に重点なのか、なぜ、米国に限定しているのか、なぜ国際パートナーが重要なのか、などの問いに対する回答の提示
なぜ米国に限定するのか?
上記のうちなぜ米国に限定するのか?については以下のようにまとめられる
- 米国のfamily medicine研究は、他の米国内専門領域やカナダ・欧州のfamily medicineと比べて、研究資金・インフラ・成果のいずれも大きく遅れており、そのギャップ是正に特化した戦略が必要だからである。
- 2021年時点で、米国全体のfamily medicineへのNIH資金総額が、内科単一講座の平均額の「約2倍」に過ぎないなど、構造的な資金不足が顕在化している。
- カナダのTUTOR‑PHCやオランダの統合型PhDプログラムのように、海外ではプライマリ・ケア研究の強固なインフラが既に整備されている一方、米国では制度・医療提供体制の複雑さや深刻なプライマリ・ケア医不足もあり、「米国固有の課題」を前提にした研究戦略が必要と判断された。
- そのうえで、米国版の戦略プランをしっかり構築すること自体が、将来他国でも応用可能な“ひな型”となり、国際的な協調・相互学習を促すことも狙いとされている。
こちらにしてみれば、相当進んでいるように見える米国の研究インフラだが、その米国ですらこの認識なら、日本はその何十倍も対策が必要であろうと思われる。
さらに、「Mentorship and Pathways」「Funding and Advocacy」「Infrastructure」といった柱ごとに、5つの具体的な戦略が提示されている(後述。この3つの柱の考え方も参考になる)
戦略プランを解きほぐしたJABFM特集号と総説論文
NFMSPRの「学術的パッケージ」として位置づけられるのが、Journal of the American Board of Family Medicine の特集号(Supplement 2, 2024)である。NAPCRG公式ページでも、この特集号が戦略プランの一部として明示的に参照されている。
特集号の起点となるのが、以下の総説である。
Transforming Family Medicine Research: Strategic Planning, Summits, and a Special Issue
Irfan Asif, Samantha Elwood, Amanda Weidner
The Journal of the American Board of Family Medicine Nov 2024, 37 (Supplement2) S27-S29
https://www.jabfm.org/content/37/Supplement2/S27
本文中の見出しにある “The 3 S’s: A Strategic Plan, a Summit and a Special Issue” というフレーズの通り、
- 戦略プラン(Strategic Plan)
- 研究サミット(Summit)
- 特集号(Special Issue)
が相互に補完し合う仕掛けとして設計されていることが解説される。特集号全体は複数の論文から構成されており、戦略プランの各要素(メンタリング、インフラ、アドボカシー、キャリアパスなど)を「どのように現場レベルで実装していくか」という具体的な論点に分解している。
特集号の目次は以下から参照できる。
JABFM Supplement 2(目次)
https://www.jabfm.org/content/37/Supplement2
本号には現時点で20数本以上の論文が収載されており(正確な本数は時点により増減の可能性あり)、例えば以下のようなトピックを含む。
- 戦略とアドボカシー(全体戦略・連邦研究ロードマップ・アドボカシーの役割)
- 人材育成(トレイニー中心の研究人材づくり、physician-scientist のパス、PhD の位置づけ、メンタリング)
- 研究文化とキャパシティ(好奇心文化、Building Research Capacity、部局内アドボカシー)
- インフラ・大規模データ(CTSA・PBRN・コミュニティエンゲージメント・EHR・All of Us データ)
- 測定と具体例(PACER によるキャパシティ測定、CERA、出版の課題、「100の重要研究課題」再検証、栄養とフードインセキュリティの実証研究)
といった軸で、NFMSPRを「人・組織・インフラ・データ」のレベルに分解している。NFMSPRを「戦略の文章」として読むだけでなく、「実装のアイデア集」として活用するには、この特集号の目次を一度通読して、自身の関心分野に近い論文を数本ピックアップするのが有効である。
戦略プランの実装アップデート:Annals of Family Medicine の短報
NFMSPRの進捗をコンパクトに把握するには、Annals of Family Medicine に掲載されたアップデート論文が便利である。
Robinson S. ADFM: Update on the National Family Medicine Strategic Plan for Research. Ann Fam Med. 2025 Nov 24;23(6):577-578.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12751306/
本稿は、ADFM(Association of Departments of Family Medicine)の立場から、
- 戦略プラン策定後に何が実際に進んだのか
- どの組織がどの領域をリードしているのか
- 2023 Research Summit以降の具体的アウトカムは何か
を簡潔に整理したものである。
特に、
- JABFM特集号の刊行
- 全米のfamily medicine研究トレーニングプログラムのデータベース構築
- チェア向けリサーチカリキュラムの整備
といった「NFMSPR由来の実装成果」を俯瞰するのに適している。戦略プランを背景とする動きを時系列で追いたい読者は、この短報から入ると全体像をつかみやすい。
Pathways・Funding・Infrastructure の具体策:NAPCRGサイト内の戦略リスト
NFMSPRの「中身」をもう一段階具体化したのが、NAPCRGサイト内に整理された
- Pathways and Mentorship(5項目)
- Funding and Advocacy(5項目)
- Infrastructure(5項目)
の各戦略である。
これらのリストは、上記の説明ページからリンクされており、ビジョンレベルの文言を、
- どの層(学生、レジデント、フェロー、教員)がターゲットか
- どの組織がリードするのか
- どのような成果物(database, curriculum, advocacy materials 等)を想定しているのか
といった実務レベルのタスクに落とし込んでいる。
例えば Pathways and Mentorship では、「マルチレベルのメンタリング構造」「初期キャリア研究者向けの国レベルプログラム」といった方向性が、Funding and Advocacyでは「NIH等を含む資金配分構造の改善」「family medicine研究のアドボカシー強化」が明記されている。Infrastructureでは、「研究ネットワーク」「データ基盤」「部局内のリサーチサポート組織」などが議論の焦点となる。
これらは、日本など他国が類似の国家的プランを構想する際の「チェックリスト」としても有用である。
研究トレーニングプログラムの可視化:NAPCRG US Family Medicine Research Training Database
NFMSPRの具体的アウトカムの一つが、全米のFamily Medicine関連研究トレーニングプログラムを集約したデータベースである。
NAPCRG US Family Medicine Research Training Database
https://napcrg.org/programs/national-family-medicine-strategic-plan-for-research/family-medicine-database/
このデータベースには、
- 医学部レベルの研究フェローシップ
- MD/PhDコース
- レジデンシーに付随したスカラーシップトラック
- プライマリ・ケア研究に強みを持つ臨床フェローシップ
- 研究またはAcademic フェローシップ
米国内の多様な機関のプログラムが列挙されており、今後の追加・修正も受け付ける「リビングデータベース」として運用されている。これはNFMSPRの Pathways/Mentorship 目標に直接対応するものであり、「どこにどの程度の研究トレーニング機会が存在するか」を可視化するインフラとして重要な役割を果たす。
講座主任教授向けの実践的ツール:ADFM Research Curriculum for Department Chairs
戦略プランの Objective B5(Funding and Advocacy)「主任教授が研究参加を支援・資金提供するための有望な実践例を特定し、普及させる」に対応する形で開発されたのが、ADFMによる「Research Curriculum for Department Chairs」である。
ADFM Research Curriculum for Department Chairs
概要ページ:https://adfm.org/chairlearning
同ページでは、このカリキュラムが
- 主任教授が研究文化を育てるための実践的ロードマップ
- 新任チェアの役割交渉から、既存の研究体制のスケールアップまでをカバーするガイド
- NFMSPRと2023 Research Summitの成果を踏まえた「チェア向け実装パッケージ」
として位置づけられている。
内容は大きく、以下の4セッションから構成される。
- Ecosystem(研究ネットワークの中で自部局の位置づけを戦略的に設計)
- Infrastructure(人材・プロセス・システムの構築)
- Regulation(コンプライアンスを守りつつ研究を促進する)
- Funding(長期的に研究を支える資金戦略)
各セッションは、
- 事前録画ウェビナー
- 音声ファイル
- スライド
- 補助ドキュメント
として提供され、多忙な主任教授でも自分のペースで学べる構成になっている。
併載のGoogleドキュメント(https://docs.google.com/document/d/12AGPxJgJwZgO3ieyNBFVcb5Insm6MOgZ/edit?pli=1)は、
- 研究を学術医療機関の三本柱(診療・教育・研究)の一部として再定義し、好奇心とバーンアウト軽減の両面からその意義を示すこと
- Research Capacity ScaleやPACERを用いた現状診断、ギャップ分析、SMARTなResearch Strategic Planの作成・定期的なアップデートというプロセスを、チェア向けの「手順書」として整理していること
- CTSAやNAPCRG、STFM、ADFMなどの全米レベルのリソース・プログラムを一覧化し、「どこに相談し、何を活用すればよいか」の行き先を具体的に示していること
が中核になっている。
まとめ:NFMSPRをどう読むか
以上をまとめると、NFMSPR関連リソースは、おおよそ次の階層構造をなしている。
- 「なぜ・なにを」:NAPCRG公式説明ページ(戦略プランの理念と背景)
- 「どう実装するか」:JABFM特集号と総説(具体的テーマ別の論考)
- 「今どこまで進んだか」:Annals of Family Medicine のアップデート論文
- 「誰がどこで育っているか」:NAPCRG Research Training Database
- 「講座単位でどう動くか」:ADFM Research Curriculum for Department Chairs
これらを順に辿ることで、米国家庭医療研究の戦略プランを「一つの文書」ではなく、「多層的なエコシステム」として理解できるようになる。各国・各機関が自前のstrategic planを構想する際にも、単に文書を模倣するのではなく、「ビジョン → 学術的議論 → 実装ツール → キャパシティマッピング → リーダーシップ育成」という流れ全体をどうデザインするか、という視点が参考になるだろう。
ここまで


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